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札幌地方裁判所室蘭支部 昭和40年(ワ)39号 判決

原告 五藤義正

被告 王子製紙株式会社

主文

原告は被告の従業員たる地位を有することを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

原告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、当事者双方の主張

一  原告の請求原因

原告は、昭和二二年一月以降、被告会社に雇用され、同会社苫小牧工場に勤務していたものであるが、被告会社は、昭和三九年四月二四日以降、原告を解雇したと称して、同会社の従業員として取り扱わない。

よつて、原告は、被告会社の従業員たる地位を有することの確認を求める。

二  請求原因に対する被告の答弁

請求原因事実はすべて認める。

三  被告の主張

1  原告は、昭和三〇年四月以降二期八年間にわたつて、北海道議会議員(以下単に道議と略称する。)に就任したため、その間、地方自治団体の有給公務員に就任し、常時職場を離れるときは休職を命ずる旨の被告会社の就業規則一四条一項四号に基き休職を命ぜられていたところ、昭和三八年四月に行われた道議選挙に落選し、同月二三日その任期満了に伴い、右休職事由が消滅するに至つた。そこで、被告会社は、同月二四日に原告に対し道議就任に伴う右休職を解き、復職を命じたが、これと同時に「適職が与えられないため、一時待機させる必要があるとき」は休職を命ずる旨の就業規則一四条一項六号に基き、原告に対し、改めて休職を命じ、同規則一五条四号に定められた休職期間の一年が経過したため、休職期間の満了したときは解雇する旨の同規則一六条五号に基いて、昭和三九年四月二三日かぎりで原告を解雇することとし、翌二四日原告に到達した書面により、原告に対しその旨の意思表示をした。

2  ところで、被告会社が原告に対し、「適職が与えられない」として休職を命ずるに至つた具体的な理由は次のとおりである。

(一) 原告は、被告会社の従業員としての地位を利用して、政治活動や次期の道議選挙の地盤固めをする目的で復職を求めるとの趣旨を自ら進んで表明しており、被告会社の業務に精励する意思が全く認められないこと、

(二) 被告会社における原告の職階は最下位の三級技術係であり、しかも長期間職場を離れていたため、入社当時の同僚はもちろん、後輩までも原告より上位の職階に昇進しており、他方、原告の社会的地位はいわゆる政治活動家の大物と目されているから、原告のこのような社会的地位や原告の性格、言動を合せ考えると、原告が会社の指揮命令に従い、会社の仕事を他の従業員と協議してやつていけるとは認められないこと、

(三) 被告会社における原告の業務経験は入社直後の三年五月足らずで、その後の十数年間は組合専従役員や道議に就任して仕事を離れており、したがつて原告の習得した技術能力も極めて低度であるばかりでなく、肉体労働とは縁遠い仕事ばかり続けて来ており、現場の末端の一従業員として会社の業務に従事することが期待できないこと、

(四) 原告がかつて勤務していた鉄工係の業務は、その後逐次外注に転換されたため、現在では増員の余地のない職場となつており、また原告が休職当時に所属していた安全管理課の業務には原告は実際に従事した経験がないのでこれに就かせることもできず、その他の職場においても原告を働かせるところがなかつたこと、

(五) 原告は、昭和三八年三月一〇日に苫小牧市公民館で行われた社会党主催の演説会や翌一一日に行われた苫小牧市長選挙の後援集会において、公衆の面前で、被告会社が苫小牧港の利権を獲得し、また自己の所有地の価格を高くするなどして自己の利欲を図る目的で、会社に都合のよい、そのいゝなりになる市長を当選させようとして多額の選挙資金を出しているという趣旨の全く事実に反する演説を行い、被告会社を中傷、誹謗してその名誉と信用を毀損したが、右演説に現われた原告の姿勢は被告会社の従業員としての立場とは全く相容れないものというべきであり、このような言動をするものは従業員としての基本的信頼性を欠くものであつて、会社は安心してその業務をまかせることができないし、また、そのようなものが誠実に会社の仕事をするとは認められないこと、

以上のような理由を総合して、原告は被告会社の就業規則一四条一項六号にいう「適職が与えられないため、一時待機させる必要があるとき」に該当すると認め、被告は原告に対し休職を命じた。

3  さらに、原告は、右休職を命ぜられた後においても、何らそれまでの姿勢を改めず、依然政治活動を続けてゆく旨を公言し、また復職についても積極的な熱意を示さず、さらに被告会社の承諾なしに北海道木材産業株式会社の監査役や北光ブロツク工業株式会社の代表取締役に就任して、いずれも原告が中心となつてそれらの会社を経営していることなども判明したため、前記の休職理由とした事情には何らの変化がないまま休職期間の一年が経過し、よつて、原告を解雇するに至つたものであるから、本件の解雇は正当である。

四  被告の主張に対する原告の認否および主張

1  被告の主張事実のうち1の事実の全部、2の事実のうち原告の被告会社における職階が三級技術係であること、鉄工係の業務が外注に転換されたこと、被告主張の日に、その主張のごとき演説会で原告が演説をしたこと、3の事実のうち原告が被告の主張のごとく、その主張する各会社の役員に就任したことはいずれも認めるが、その余の事実はすべて争う。

2  被告会社の主張する就業規則一四条一項六号の「適職が与えられないため、一時待機させる必要があるとき」との規定は、もともと旧王子製紙株式会社が三社(王子、十条、本州各株式会社)に分割された際、外地からの引揚者を受け入れるにつき、右三社の協議決定があるまでの処置として特に設けられたものであり、かつまた、このような場合にのみ適用されていたものであるから、右規定を何らそのような理由もないのに原告に対して適用するのは不当である。

また、原告は被告会社に復職を要望するに当り、特定の職場を希望して、それに固執したものでないことはもちろん、原告の学歴、能力等よりすれば、他の従業員に劣らぬ技能を回復することが充分に期待し得るものであり、原告が他の従業員との協調性を欠くということもあり得ない。さらに、原告が被告の主張する演説会で行つた演説は、独占資本の施策についての批判であり、それは原告が日本社会党公認の道議選挙の立候補者として、市民に対し、所属政党の政策を訴え、自己の政治信条、公約を明らかにしたものであつて、被告の主張するような内容のものではない。

いずれにしても、原告は就業規則の右条項に該当するものではなく、被告会社が原告に右条項を適用したのは、原告を解雇するための単なる口実にすぎないというべきである。

3  原告は、日本社会党の党員であり、社会主義政策を支持し、その推進を信条としているものであるが、本件解雇は原告の有する右思想、信条を理由に、原告を他の従業員と差別して取り扱つたものであるから労働基準法三条に違反し、無効である。

4  原告は、全国紙パルプ産業労働組合連合会王子製紙労働組合苫小牧支部に所属し、これまで同組合の執行委員、副組合長、苫小牧支部長、同支部書記長等を歴任し、労働組合運動を積極的に指導して、活動を続けて来たものであるところ、昭和三三年のいわゆる王子争議に際し、右組合を脱退したものによつて王子製紙苫小牧新労働組合が結成され、以来右の二組合が併存することになつたが、本件解雇は原告が現在も従来の組合に所属して、活動を続けているためになした不利益な取り扱いであるから、労働組合法七条一号に違反し、無効である。

5  本件解雇に至つた原告に「適職が与えられない」という理由は、全くのこじつけであり、本来慎重に取り扱われるべき解雇権を濫用したものであるから、右解雇は無効である。

五  原告の主張に対する被告の認否

原告主張の右3ないし5の事実はすべて争う。

第三、証拠〈省略〉

理由

一  請求原因事実については、すべて当事者間に争いがない。

二  そこで、被告の主張について判断する。

1  被告会社が原告に対し、昭和三八年四月二四日に、就業規則一四条一項六号の「適職が与えられないため、一時待機させる必要があるとき」は休職を命ずる旨の規定に基いて休職を命じ、さらに同規則一五条四号に定められた休職期間の一年が経過した昭和三九年四月二三日をもつて、同規則一六条五号の休職期間の満了したときは解雇する旨の規定により、解雇する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

2  ところで、被告は、原告について右条項にいう「適職が与えられない」と判断した理由として、いろいろ主張しているが、証人荘英介(一ないし三回)、同杉本二郎、同佐々木和夫の各証言および弁論の全趣旨によれば、そのうち、被告会社側が最も重視した理由は、原告が昭和三八年三月一〇日の日本社会党主催の演説会および翌一一日の苫小牧市長選挙の後援集会の席上で行つた演説内容およびそれに対する被告会社側の否定的評価であることは、明らかである。

そこで、まずこの点について検討するに、成立に争いのない乙第一〇号証の一、二、同第一三号証、証人荘英介の証言(一回)によつて真正に成立したと認められる乙第一号証(乙第一一号証の一六と同一)証人出雲哲夫の証言および原告本人尋問の結果を総合すれば、問題の原告の演説は、次のようなものであつたと認められ、この認定を覆すに足る証拠はない。すなわち、その約一月後に道議選挙や市長選挙等の統一地方選挙を控えた昭和三八年三月一〇日に苫小牧市公民館で日本社会党主催の演説会が、また翌一一日に苫小牧市長選挙の社会党推せん候補者の自宅で同選挙の後援集会がそれぞれ開催された。その当時、原告は、日本社会党苫小牧総支部の支部長の地位にあつたが、同総支部においては、右統一地方選挙に臨み、その選挙戦を通じて、苫小牧市が北海道総合開発計画による工業開発の拠点地区となつていた関係から、地域開発と市民の福祉との問題、特に独占資本が、地域開発に際して、その利潤の増大を図る目的で、地方自治体の行政に介入してくることの危険性を市民に訴えることにしていたため、右演説会等においても、原告は、右支部長の立場から、右と同趣旨の演説をし、そのなかで、苫小牧市における最大の企業体である被告会社にも言及し、被告会社が、当時建設中であつた苫小牧工業港の使用についての特別の便宜を得、また、被告の社有地に隣接する市有地が高価に分譲されることにより、その社有地の価格も高くなることなどを期待し、右市長選挙において、会社に都合のよい、その自由になるような市長が選ばれるように、同選挙に介入している旨を主張した。なお被告会社は、右道議選挙の直前の同年四月一五日頃、原告の右演説につき、これが信用毀損罪等に該当するとして、原告を告訴したが、これに対しては、後に札幌地方検察庁室蘭支部において、不起訴の決定がなされている。以上の事実が認められる。

ところで、被告は、原告の右演説をとらえて、公衆の面前で、このようなことをいうものは、被告会社の従業員としての基本的信頼性を欠くものであり、会社は安心してその業務に就かせることができないと主張し、証人荘英介(一ないし三回)、同杉本二郎、同佐々木和夫の各証言、同証人らの作成した陳述書である乙第一号証(乙第一一号証の一六と同一)、同第二号証(乙第一一号証の一七と同一)、同第三号証(乙第一一号証の一八と同一)、同証人らの北海道地方労働委員会における審問調書である乙第一一号証の三五などにおいても、繰返し右主張と同趣旨のことが述べられており、そしてこれらによれば、さらにその根拠として、原告は、被告会社が苫小牧市民の犠牲において利益をあげていると主張しているのであるから、原告を被告会社の業務に就ければ、原告は、市民の福祉のためとして、被告会社に利益をあげさせないようにその企業活動を阻害するような行動に出ることも考えられるというのである。

しかしながら、原告の右演説は、それが行われた機会、場所および演説全体の趣旨からすれば、日本社会党苫小牧総支部長としての原告が、日本社会党の前記統一地方選挙に臨む基本的な姿勢を明らかにすることを目的としたものであることが明白であり、そこには、被告会社を含む独占資本の施策に反対するとの立場をとる社会党員としての原告の政治上の思想ないし信条が表明されていることが明らかであり、また、多少の刺激的ないし誇張的な表現のあつたことも窺えるけれども、このことだけから直ちに、右演説に現われた原告の姿勢は被告会社の従業員としての立場とは全く相容れないものであり、かつ、原告が被告会社の従業員として、その業務に就いた場合には、その企業活動を阻害するような行動に出るとまで推認することはまことに困難である。(もし、被告のこのような論法をもつてすれば、資本主義制度に反対する思想をもち、それを表明しているものは、だれでも会社の業務に就かせ得ないということになるであろうが、その許されないものであることは多言を要しない。)むしろ、このように、被告会社が、原告の右演説に現われたその被告会社に対する姿勢をもつて最も重大視したということは、ひつきよう被告会社が原告の有する政治上の思想信条ないしそれに基く会社外での言動自体を嫌悪したということに異ならないというべきである。証人荘英介(一、三回)、同杉本二郎、同佐々木和夫の各証言中には、被告会社が原告の思想信条等を理由に原告を不利益に取り扱つたものではないとの供述部分もあるけれども、その各証言を全体として判断すれば、それは、被告会社側が原告の政治上の思想信条ないしそれに基く前記演説のごとき会社外での言動を嫌悪したことによるものであることは明白であろう。

そもそも、就業規則は使用者たる会社側において作成されるものではあるけれども、それが一たん作成された以上、その条項の解釈は会社側においてその都合のよいように主観的ないし恣意的にすることは許されず、それはあくまでも客観的かつ合理的になされなければならないものである。ところで、成立に争いのない甲第五号証の一、二、乙第五号証の一、二、同第九号証の一ないし三および証人荘英介の証言(一、二回)によれば、前記の就業規則一四条一項六号の「適職が与えられないため、一時待機させる必要があるとき」との休職事由は、沿革的には、いわゆる財閥解体前の旧王子製紙株式会社(被告会社の前身)の就業規則における待命事由(同規則五二条)たる「本人の勤務意志著しく欠如し、又は勤務能力著しく低下して居ると認めた時」、「将来に於ても本人の技術能力を生かし得る職場がないと認めた時」およびその自宅勤務の事由(同規則五三条)たる「事業の都合により自宅に於て勤務をする時」「引揚後六ケ月を経過し所属未決定待機中の時」を整理統合して定められたものであることが認められる。また、右の乙第五号証の一、二によれば、現行の右就業規則一四条一項四号には、国会議員、知事、市区町村長その他地方自治団体の有給公務員に就任し、常時職場を離れるときは休職を命ずるとあり、被告会社の従業員が、従業員としての地位を保持したまま、会社外において、自由に政治上の活動をすることを認めており、そして同規則一五条二号には、右の場合にも、右休職事由の消滅により復職させる旨の規定が設けられていることも認められる。そこで、これらの事情と右就業規則一四条一項六号の文言とから考察すれば、右一四条一項六号の「適職が与えられない」ときとは、従業員側に身体的または精神的な故障があつて、定められた職務を遂行することができないような場合とか会社側の事業の都合等で、従業員に適当な職場を見つけることができないような場合のみをさすものというべきであり、従業員が会社側の好まない政治上の思想信条をもち、またこれを会社外において公言したからといつて、それを理由にその従業員が右条項に規定する場合に該当すると解釈することは許されないと解するのが相当である。したがつて、原告が前記のような演説をしたことをもつて、右休職事由たる「適職が与えられない」ときに該当すると解することはできないものといわれなければならない。

なお、被告は、原告が前記の演説中において、被告会社について述べたことはすべて虚偽の事実であつたとも主張するが、その真否についてはいまだこれを明確にするに足る充分な資料がないのみならず、仮に、原告が右演説において全く虚偽の事実を述べたものであるとしても、原告に対してその刑事責任を問い(この点については、前記認定のごとく、被告会社からの告訴に対して不起訴の決定がなされている。)、また懲戒責任を問題にする(就業規則二九条三号)のであれば格別、そのことを理由に、原告が右休職事由たる「適職が与えられない」ときに当るものと解し、それに基き休職を命じることができないことは、先に述べた右条項の解釈よりして明らかであろう。

よつて、この点についての被告の主張は採用することができない。

3  次に、被告は、原告には就業に必要な意思、協調性、経験、技能等に問題があり、また被告会社には原告に適した職場もなかつたなどとも主張する。

そこで、これらの点についてみるに、まず当事者間に争いのない事実に、証人荘英介(一ないし三回)、同杉本二郎、同佐々木和夫の各証言およびこれらの各証言により真正に成立したと認められる乙第一ないし第三号証(乙第一一号証の一六ないし一八と同一)、成立に争いのない乙第一一号証の三四、三五ならびに原告本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。すなわち、原告は、昭和一八年旧制の室蘭工業学校金属工業科を卒業したものであり、昭和二二年一月被告会社の前身である旧王子製紙株式会社苫小牧工場に入社し、当初は設計工作課鉄工係員として目立車の焼入れの仕事に従事していたが、昭和二四年六月労働組合の専従役員となつて休職し、その後約一年間右鉄工係員に復職勤務した後、昭和二六年四月安全管理課の仕事に配置換となつたものの、同時に苫小牧市会議員に当選し、ほとんど同課の仕事をしないままに、同年一〇月より再び組合の専従役員となつて休職し、これに引き続いて昭和三〇年四月道議に当選して休職となり、昭和三八年四月まで道議に二期にわたり就任していた。そして、原告は昭和三八年四月道議選挙に落選して、会社に復職を申出たが、原告は四年後の道議選挙にも出馬して政治活動を続けてゆきたいと考えていたので、右復職申出の際にも、その旨を被告会社の係員に表明した。一方、原告の道議在任中に、原告がかつて勤務していた鉄工係の仕事は外注に転換されてその仕事量が減り、また原告は長期間休職していたため、その会社内における職階が最初に休職となつた当時の三級技術係のままで昇進しなかつたのに対し、原告の同僚や後輩までもが原告より上位の職階に昇進している。以上の事実が認められる。

ところで、被告は、以上の事実に基き、原告には「適職が与えられない」理由があつたとする主張するのであるが、これらの被告の主張は、結局いまだいずれも単なる憶測ないしは抽象的な危惧にすぎない要素が強いと認められ、このような事実だけから、直ちに、原告には「適職が与えられない」理由があつたと判断することは許されない。

すなわち、まず、被告は、原告が復職申出の際に被告会社に対し、今後も道議選挙に出馬して、政治活動を続けてゆく意思をもつている旨述べたことをもつて、原告には業務に精励する意思がなかつたと主張するが、本件の全証拠によるも、被告会社がその従業員に地方自治体の議員等に就任することを禁止していることは認められず、むしろ前記認定のごとく就業規則一四条一項四号により、これを許容しているのであるから、単に原告が将来道議選挙に出馬するとの意思をもつていることを表明したからといつて、それをもつて直ちに原告に業務に精励する意思がなかつたと即断することはいかにも早計であるといわなければならない。

また、被告は、原告の会社内における地位とその社会的な地位との間に大きな隔りがあるから原告が復職しても他の従業員と協調して円滑に仕事をすることができるとは考えられないと主張するけれども、証人宇佐吉雄の証言によれば、もともと原告が道議に選出されたのは、被告会社等の従業員の代表者としてであつたことが認められるから、その経歴により、他の従業員との関係で特に社会的に大物となつたと評価することは当らないというべきであるし、しかも原告はその経歴にもかかわらず、自ら進んで被告会社の一従業員として復職することを希望しているのであるから、他に特段の理由もないのに、そのことだけから直ちに、原告が復職した場合に、他の従業員と協調して円滑に仕事をすることができないものと認定することは困難である。

さらに、被告は原告が被告会社における業務経験に乏しく、その習得した技術能力の程度も低く、かつ被告会社にはこのような原告に適する職場もなかつたと主張するが、前記認定の原告の経歴と原告本人尋問の結果とによれば、原告は普通の健康体であり、少くとも普通人以上の精神的能力ないし素質をもち、かつ被告会社に対しても、苫小牧工場以外であればともかく、苫小牧工場であればその特定の職場に就かせるべきことを固執していたものでないことも認められるから、これらの事実と、当裁判所に顕著な被告会社の苫小牧工場の規模とからすれば、被告会社において、原告に就かせるべき職場ないし職種が全くなかつたとは容易に認められない。

よつて、これらの点についての被告の主張も採用することができない。

もつとも、原告の休職期間がその被告会社の業務に従事した期間に比して異例に長く、また道議等の経歴をも有していたことなどからして、その復職に際し、被告会社側が原告に与えるべき職場ないし職種を選定するために若干の日時を要する事情にあつたことはたしかにこれを認めることができ、したがつて、その選定が終るまでの間、一時原告に「適職が与えられない」ものとしてその休職を命ずることはできたものと思料される。しかし、この場合にも被告会社は早急にその職場等を選定して、原告を復職させなければならず、これを放置してその休職期間を満了させ、解雇することはできないものというべきであるところ、本件においては、被告会社は、結局、原告のために職場等を選定せず、原告を復職させないまま解雇するに至つたのであるから、本件の解雇の効力との関係でみるかぎり、原告について、右のような意味での一時「適職が与えられない」理由があつたか否かは、以上の判断の当否に影響を及ぼすものではない。

4  さらに、被告は、原告が右休職中に他の会社の代表取締役等に就任していたことをもつて、原告に復職についての積極的な熱意がなかつたことの根拠として主張しており、そして、原告が右休職中に、被告主張のごとき各会社の代表取締役等に就任していたことは当事者に争いがないが、すでに見たとおり、被告の原告に対する休職処分自体が理由のないものであるから、原告のその後の行動が本件解雇の効力に直接影響を及ぼすものではないばかりでなく、成立に争いのない乙第一一号証の三四、証人杉本二郎の証言および原告本人尋問の結果によれば、原告は、友人から頼まれ、右各会社の代表取締役等として自己の名を使用することを認めるとともに一時右会社の営業を手伝つていたものであり、被告会社に対しても、その復職が実現した場合には、いつでも右会社の役員等をやめることができる旨を述べて、復職を希望していたことが認められるから、これも右休職処分の正当性を裏づける根拠とはなり得ないものというべきである。

三  以上の次第で、原告について、就業規則一四条一項六号の「適職が与えられない」理由があつたとの被告の主張は、これを個別的にみても、また総合してみても、結局採用することができず、したがつて、そのような理由により、被告が原告に休職を命じ、その休職期間の満了を理由として原告を解雇した処分は、その余の点を論ずるまでもなく無効であるといわなければならない。

よつて、原告と被告との間には、その後も引き続き雇用契約関係が存続しており、原告は現在においても被告会社の従業員たる地位を有するものというべきであり、したがつて、原告の本訴請求はその理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 奥村長生 町田顕 海保寛)

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